MONTHLY MAGAZINE 8月号

「ピアノが上手じゃなくても先生になれますか?」オープンキャンパスや高校内での高大連携授業で出会った皆さんから、一番聞かれる質問です。今回は現在の保育現場で「子どもと音楽すること」「環境を通して行う音楽教育」の目的、そのために保育者に必要な力について本学の山本美貴子教授が分かりやすくご紹介します。

「人間には音楽が必要」であるという研究を背景として、古くから乳幼児期に「子どもと音楽する活動」が取り入れられ、主に「ピアノ伴奏に合わせみんな揃って歌うこと」が行われてきました。これは、明治初期に西洋近代文化と劇的に出会ったことや、市民の豊かさの象徴となる代表的音楽活動としての側面が強くありました。それから時を経て乳幼児の研究が進み、保育も音楽教育も新しく進化しています。現在の保育所・幼稚園・認定こども園等での表現教育・音楽活動を定める「領域 表現」においては以下のことが「ポイント」となっています。

小学校以降の教科「音楽」では、「楽曲の歌唱・鑑賞」や、「演奏技術を獲得する(練習・発表)」などを行いますから、このイメージが強いかもしれません。しかし、乳幼児期の「表現」は「他者と生きるために自分をどう表現するかー多彩な声・音・顔の表情・抑揚等により自分を相手に伝える力を育む」「様々な文化により人生をどう豊かにするかー生活を彩る魅力ある音楽文化(楽曲や楽器・踊り等)との出会い」を目的としていて、まさに「生きるために必要な力」を育てる表現教育・音楽教育なのです。そこでは、日々の生活の中で生まれる音楽・造形・身体・言語に境界を設けず、子どもからの表現を丸ごととして扱い、結果ではなくプロセスの過程で、共感的に味わっていくことが求められているのです。

子どもとの音楽・音楽教育において保育者の最も重要な役割は、子ども一人ひとりの個性に応じて、子どもが自ら表現したくなる環境(人・モノ・コト・トキ)を整え、たっぷりコミュニケーションして愛情を伝え、その子らしさを大切にしつつ、つくったり工夫したりする“プロセスを楽しむこと”です。
例えば、偶然、空き容器を叩いたら面白い音が鳴り喜ぶ子どもと、保育者も一緒に音で遊び、叩くモノや場所・回数や強さなどを変えてみると、工夫することの楽しさが生まれ、さらにそのことをきっかけにイメージが膨らみ、楽器作りや劇ごっこの効果音に興味をもつという事例があります。
また、サッカーで初めてシュートが決まった子どもが、嬉し過ぎて「ゴーールっ」と繰り返し雄たけびを上げ走り回る内に皆も加わり、言葉のリズムと抑揚が歌と踊りに発展した事例もあります。 
これらは日頃の遊びの中で、自分らしく音楽を創る過程となっていて、ここに保育者の専門性が発揮されるのです。保育者による”子どもの丸ごとの表現を見る目”によって生み出される、適切なガイドが必要です。それが子どもがより人と関わり表現したくなる気持ちを引き出し磨くことになります。

和泉短大の3つの音楽教育科目「子どもと音楽」「保育内容 表現」「保育内容の総合的指導法 音楽表現」は、実際に子どもの音楽教育やクラス担任として保育実践経験を積んだ専門の教員が担当します。単にピアノ演奏技術や手あそびのレパートリー増では充分でないからです。保育所保育指針や幼稚園教育要領等の「領域 表現」の考え方を、保育の具体的な内容(音やリズムとの出会い・自分らしい音楽づくり)に結びつけた授業により、子どもを主役に、音楽を奏で、楽しみ、味わう「保育者の実践力」を育てます。

皆さんのイメージに定着している「先生のピアノ伴奏に合わせてクラス全員で同じ歌を歌う」活動は、保育者主導で歌わせるためではなく、子どもに多様な表現と出会うきっかけを示しているものと言えます。ピアノは鍵を打てば正しい音程が鳴る楽器の特性により、弦楽器等に比べて10分練習すれば10分分上達する楽器と言われています。さらに音量も丈夫さもあり、長く教育・保育現場で伴奏に活用されています。
本学でピアノレッスンを行う授業「子どもと音楽」では個人練習とML(ミュージックラボラトリー)とを併せて、演奏法や響きの美しい簡易伴奏等による歌20曲をレベルに応じて行います。
また、歌やリトミックにより音楽知識・技術・人としての基礎的な感性を育みます。和泉生の7割以上は初心者ですが、ほとんどの学生が卒業までにある程度弾けるようになり、子どもと様々な方法で音楽を楽しめる保育者になっています。大学のレッスンで練習方法を知り、職場で新しい曲に挑戦しているそうです。

今後はより一層、保育者それぞれの特性を活かし、“ピアノ伴奏が得意” “歌を歌うのが得意” “体を動かしてリズムをとることが得意”など、多様性を活かす協働的な保育スタイルが求めらます。
ですから誰もがピアノ伴奏が上手くできないとならない保育現場は減少し、この10年程は採用試験科目にピアノ演奏を指定する保育所・幼稚園・認定こども園は僅か数園です。
ピアノ以外にギターやアコーディオン伴奏、手を繋ぎ向かい合って、鈴やタンバリンで打楽器の軽快なリズムを共有し歌や音楽を楽しむ園もあります。子どもにとって生活や遊びの中の音楽はコミュニケーションそのものです。目の前のその子を理解し、何気ない仕草から“音楽している表現“を見つけてその子と豊かに繋がる、あなたの長所を生かして一緒に音楽する保育を創りましょう!

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[記事公開日]2022年08月30日